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東京地方裁判所 平成6年(ワ)22055号 判決

原告

甲野太郎

外三名

右法定代理人後見人

甲野花子

右原告ら訴訟代理人弁護士

中村恒光

花房太郎

被告

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

小野田隆

外四名

右被告ら訴訟代理人弁護士

上林博

藤田良昭

野村正義

右被告東京海上火災保険株式会社訴訟代理人弁護士

辛島宏

右上林博復代理人弁護士

大前由子

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(主位的請求)

一  被告住友海上火災保険株式会社は、原告甲野太郎に対し、金二億五〇〇〇万円及びこれに対する平成五年五月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告住友海上火災保険株式会社及び被告福田勝己は、原告甲野太郎に対し、連帯して別紙家具類明細記載の家具を返還せよ。

三  被告富士火災海上保険株式会社は、原告甲野太郎に対し、金一億三〇〇〇万円及びこれに対する平成五年五月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告東京海上火災保険株式会社は、原告甲野太郎に対し、金五二〇〇万円及びこれに対する平成五年五月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

五  被告第一火災海上保険相互会社は、原告甲野花子に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成五年五月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

六  被告第一火災海上保険相互会社は、原告甲野春子に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成五年五月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

七  被告第一火災海上保険相互会社は、原告甲野夏子に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成五年五月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

八  訴訟費用は、被告らの負担とする。

九  仮執行宣言

(請求第二項の代償請求)

被告住友海上火災保険株式会社及び被告福田勝己は、本件家具を返還することができないときは、原告甲野太郎に対し、連帯して金一八〇八万八〇〇〇円及びこれに対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告住友海上火災保険株式会社等四社の被告保険会社と火災保険契約を締結した原告らが、被保険物件たる建物が火災により焼失したとして保険金を請求し、さらに、被告住友海上火災保険株式会社の社員である被告福田勝巳が原告所有の家財を無断で処分したとして家財の返還、代償請求として損害賠償請求をしたのに対し、被告らが、放火による故意免責や原告の虚偽申告等による免責により、保険金支払義務はないと主張する事案である。

二  争いのない事実

1  (当事者)

被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告住友海上」という。)、被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)、被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)及び被告第一火災海上保険相互会社(以下「被告第一火災」という。)は、いずれも火災保険業を営む会社であり(以下、右被告らを「被告ら保険会社」という。)、被告福田勝己(以下「被告福田」という。)は、被告住友海上の従業員である。

原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)、その母である亡甲野秋子(以下「秋子」という。)、原告太郎の妻である原告甲野花子(以下「原告花子」という。)並びに原告太郎と原告花子の間の子である原告甲野春子(以下「原告春子」という。)及び原告甲野夏子(以下「原告夏子」という。)は、本件被保険物件たる別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)に居住していた。

2  (各保険契約の締結)

(一) 原告太郎は、本件建物及び右建物内の家財(以下「本件家財」という。)につき、被告住友海上及び被告富士火災との間で、次のとおりの保険契約を締結した。

(1) 被告住友海上

① 長期総合保険

契約日 平成元年八月三日

保険金額

本件家財につき 一〇〇〇万円

保険期間 平成元年八月三日から平成一一年八月三日まで

② 住宅総合保険

契約日 平成五年一月一三日

保険金額 本件建物につき 一億円

本件家財につき 二〇〇〇万円

保険期間 平成五年一月一三日から平成六年一月一三日まで

③ 住宅総合保険

契約日 平成五年三月二日

保険金額 本件建物につき 一億円

本件家財につき 二〇〇〇万円

保険期間 平成五年三月二日から平成六年三月二日まで

(2) 被告富士火災

住宅総合保険

契約日 平成五年三月一九日

保険金額 本件建物につき 一億円

本件家財につき 三〇〇〇万円

保険期間 平成五年三月一九日から平成六年三月一九日まで

(二) 秋子は、被告東京海上との間で、本件建物につき、次のとおりの保険契約を締結したが、平成六年一月一二日死亡した。相続人間の遺産分割協議の結果、原告太郎が本件建物の所有権及び右保険契約上の秋子の地位を相続により承継した。

住宅火災保険

契約日 平成元年八月三一日

保険金額 五二〇〇万円

保険期間 平成元年八月三一日から平成三一年八月三一日まで

(三) 原告花子は、被告第一火災との間で、本件家財につき、次のとおりの保険契約を締結した。

(1) 火災相互保険

契約日 平成元年七月一一日

保険金額 三〇〇万円

保険期間 平成元年七月一一日から平成一一年七月一一日まで

(2) 火災相互保険

契約日 平成元年八月三一日

保険金額 三〇〇万円

保険期間 平成元年八月三一日から平成一一年八月三一日まで

(四) 原告春子は、被告第一火災との間で、本件家財につき、次のとおりの保険契約を締結した。

火災相互保険

契約日 平成二年七月一六日

保険金額 三〇〇万円

保険期間 平成二年七月一六日から平成一二年七月一六日まで

(五) 原告夏子は、被告第一火災との間で、本件家財につき、次のとおりの保険契約を締結した。

火災相互保険

契約日 平成五年一月一一日

保険金額 六〇〇万円

保険期間 平成五年一月一一日から平成一五年一月一一日まで

3  (本件火災発生)

本件建物及び家財は、平成五年五月五日、放火により焼損した(以下「本件火災」という。)。

4  (原告ら所有の家具の処分)

被告福田は、原告太郎所有の家具を金二〇万六〇〇〇円で処分した。被告住友海上は、右処分金二〇万六〇〇〇円を原告太郎名義の口座に振り込んだが、原告太郎は、平成六年一〇月二七日、右金員を被告住友海上に返還した。

5  (保険金請求)

原告らは、被告ら保険会社に対し、各保険契約に基づき火災保険金の支払いを求めたが、被告ら保険会社は支払をしない。

第三  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、(一)保険金請求に関する部分として、①原告太郎らが本件火災に関与していたか否か、②原告らが損害額につき虚偽申告したか否か、③被保険利益が存するか否か、(二)損害賠償請求に関する部分として、被告福田が処分した原告らの家具の種類及び個数、並に被告福田が原告らの承諾を得て処分したか否かである。

一  原告太郎らが本件火災に関与していたか否か

(被告らの主張)

被告ら保険会社の各保険約款には、保険契約者その法定代理人等が故意又は重大な過失等により火災を発生させた場合、これにより生じた損害に対しては保険金が支払われない旨のいわゆる事故招致免責条項が規定されている。本件放火は、以下の事情に鑑みると、原告太郎及び同花子が故意に関与したことにより生じたものというべきであり、保険契約者が右両名の契約(秋子の契約も含む)についてはもちろん、右両名が法定代理人となっている原告春子、同夏子の契約についても、被告らは本件各保険金を支払う責任を負わないものである。

1 本件放火の形態は著しく異常である。火元は、一階がリビングルーム、応接室及び和室(一〇畳)の三か所、二階が納戸二か所と和室(六畳)の三か所の合計六か所にのぼり、放火の方法は、右火元のいずれにも灯油を撒き、あるいはクッションや毛布等に灯油を染み込ませた上、ほぼ同時刻に火をつけたものであって、計画的、意図的に本件建物及び家財を全焼、全損させるべく、強固な目的をもって実行された、いわば確信犯的な放火である。

2 本件建物は、人通りの少ない閑静な高級住宅地にあり、その敷地は塀と門(暗証番号によってのみ開閉可能なオートロック式のもの)により道路とも截然と区分されている。そして、本件放火は屋内において実行されているから、通りすがりの異常者や行きずりの愉快犯が偶々犯したものであるとは考えがたい。また、本件火災当日は五月五日の休日で、一般に在宅の可能性が高く、原告らが不在となることを知りうる者は、原告ら又はこれと密接に連絡を取りうる者しかありえないから、本件放火は、怨恨あるいは窃盗目的の侵入等、原告太郎らと意思の連絡のない無関係な第三者により実行されたものとも考えがたい。

したがって、本件放火は、経済的な利得目的で行われたものとしか考えられず、放火によって利得を得られるのは原告太郎らのみである。

3 原告らは、平成元年七月に新築された本件建物及び右建物内の家財につき、複数の保険会社に高額かつ重複した保険を掛け、火災の二か月前に付保、増額した分も含めると、本件火災当時における本件建物の保険金額は合計三億五二〇〇万円にのぼるという著しい超過保険になっており、本訴においても、実際の損害額をはるかに超過する合計金四億四七〇〇万円余の高額の請求をしている。右事実に鑑み、原告らは、本件火災の発生を予期していたものと考えざるを得ない。

4 原告太郎は、日頃から防犯や事故対策等に意を用い、危機管理と安全配慮対策を十分にしていた人物である。このため原告らは、本件建物においてかねてから防犯用にシェパードを三匹も飼い、これを放し飼いにしていたが、本件火災当日は、わざわざ三匹とも犬舎に入れ、あるいは鎖につないでいた。

5 本件火災当日、原告太郎は、忘れ物(ポケベル)をとるため、一旦外に出たにもかかわらず、再び勝手口から中に入って、再外出の時に勝手口の施錠の確認をしなかったのであり、外形的に見ると侵入者のために便宜を図ったとしか考えられない。

6 本件火災発生の直前、原告方では部外者が発見することが困難な場所にある電源ブレーカーが手動で切られ、停電状態となっており、このため、原告方は警備保障会社と警備保障契約をしていながら、断電のため機械警備は解除され、火災感知器と自動通報装置が働かないようになっていた。

7 原告花子は、当日の外出の際には、貴金属や通帳類を自ら持って出ており、原告夫妻は火災を予期するが如く非常事態に備えていた。

8 原告太郎は、昭和六二年一二月二一日、その経営するコウノ木材興業株式会社が使用する建物等を放火と推定される不審火で焼失させ、右火災につき、共栄火災及び日産火災は、合計金一億一六〇〇万円余の保険金を原告太郎の経営する株式会社甲野商店に支払った。

9 原告太郎が経営・関与する会社は、いずれも同族会社で、その資産状態は原告太郎個人の経済利益と直結するものといえるが、本件火災当時、これらの会社の資産状態は相当程度悪化していた。原告太郎及び同人の関連会社は、本件火災当時、所有不動産に合計四八億二〇〇〇万円の抵当権を設定しており、多額の銀行借入金を株式投資に充ててこれに失敗し、その返済に窮していた。

したがって、原告太郎は、前記8の火災保険金の取得の経験を通じて、保険金請求等の手続を十分に習熟し、火災によって、固定資産を換金する方法を知っていたところ、右のとおり資金繰りに追われ、高額な火災保険金を獲得するという動機を持ったものと考えられる。

10 原告らは、本件保険金を請求することに全力を注ぐのみで、火災被害に対する憤りが全く窺われず、原因の追及等被害者として当然なすべき行動を全くとっていない。

11 本件火災時、建物内に金庫があるのに、現金、貴重品類、通帳、印鑑、権利証等の重要書類が存在していなかった。また、高級衣裳類、絵画、子供の教科書、アルバム、文房具、カバン等も存在していなかった。

12 原告花子は、火災後現場に戻ったとき持っていたバッグの中身を警察に見せるよう求められたのに、これに応じなかったが、調査会社の追及に対して通帳数冊と現金一〇〇万円、真珠の指輪一個のみ持っていたと答えた。実際は、火災の直前実母乙川冬子に貴金属多数を預けており、また原告太郎は高価な絵画を搬出していた。

(原告らの主張)

原告らは本件火災に関与はしていない。本件火災が、一階三か所、二階三か所の合計六か所からの放火であることは、直ちに原告太郎と本件火災とを結びつけるものではない。原告太郎は、原告花子と共に本件火災当日午前一一時過ぎに自宅を出て同日午後五時四〇分まで外出しており、自宅に火を放つことなどできるはずがない。

二  原告らによる虚偽申告が存するか

(被告らの主張)

本件各保険契約において、いずれの普通保険契約でも、保険会社に対し損害明細等についての提出書類等に不実の記載をしたときは保険金を支払わない旨の規定があるところ、原告らの提出書類には、家財、建物ともその内容に過大な不実記載(虚偽申告)があったので、被告ら保険会社は原告らに対して保険金を支払う義務を負わない。

1 本件建物について

原告は、新築工事費三億二三二〇万〇一〇五円の見積書を提出し、本訴でも請求しているが、本件建物は建て替えの必要は全くなく、建物内部の内装修理を要する程度の部分的焼燬にとどまり、到底全損とは認められないのであるから、明らかな虚偽申告である。

また、新築費用についてみても、本件建物の新築に要した費用は一億三〇〇〇万円程度で、本件火災発生時でもせいぜい一億五〇〇〇万円であり、やはり虚偽申告である。しかも、右申告の新築費用明細にも不必要な工事が含まれ、必要な工事にも数量・単価の水増しが多数含まれており、これらは単なる評価の違いを超え、意図的な損害額の水増しであり、この点からも右申告は虚偽申告といえる。

2 本件家財について

原告は、本件家財につき、二四四六点、合計三億八二六六万五〇〇〇円の損害明細を申告しているが、これは虚偽申告である。

家財の損害額は、最大限でも、一八九四点、金額にして五九七四万九九〇〇円に過ず、この金額の相違は、単なる評価についての考えの違いというものではなく、罹災現場にそもそも存在していなかったのに存在したとして申告したもの、実際より数を水増ししたもの、購入額あるいは損害の程度を過大にして損害額を過大に認定させようとしたものが多数含まれていることによるのである。

(原告らの主張)

1 本件建物の損害額について

本件建物は全損であるし、また、申告額は、原告太郎とは別人格である株式会社巧建の見積りに基づくものであり、原告太郎において意図的に水増しできるはずはなく、虚偽申告は存しない。

2 家財について

被告住友海上の担当者荒井邦光は、付保金額を超える部分の損害については保険金が支払われないので、右金額の範囲内で被害にあった家財を申告すればよいと指示したので、最初、原告らは右指示に従い家財の損害額を一億八〇〇〇万円程度とした損害明細書を被告住友海上に提出した。ところが、その後、調査会社株式会社ニック(以下「ニック」という)の担当者が、原告らに対し、記入金額が多いほど保険金が早く支払われるので、明記物件(保険証券に明記されていないと保険目的に含まれない一定の物件)も含めて被害家財全部を申告するよう指示したため、原告は右ニックの指示に基づき、明記物件も含めて思い出せる限りの家財につき、記憶の範囲内で真実に近いものを記入した損害明細書を提出したのであり、数量・単価の意図的な水増しはなく、何ら虚偽の申告は存しない。

三  被保険利益が存在するか否か

(被告らの主張)

本件建物についての保険契約者は、被告住友海上、同富士火災との間では原告太郎であるが、被告東京海上との間では秋子である。また、保険目的は建物であり、その損害は建物の損害であって、使用利益ではない。そこで、

1 本件建物の所有者が原告太郎である場合

被告東京海上と秋子との間の契約における被保険利益は、建物所有者ではない秋子には存在せず、同契約は無効である(東京海上保険約款九条一号)。

2 本件建物の所有者が秋子である場合

被告住友海上及び富士火災との契約における被保険利益は、建物所有者ではない原告太郎には存在せず、同契約は無効である(住友海上保険約款一七条一号・富士火災保険約款一七条一号)。

3 本件建物が原告太郎と秋子との共有である場合

持分割合も不明であり、登記も単独であって到底共有とはいえないが、仮に共有であったとしても、契約者以外の共有者の所有部分については被保険利益はなく、契約が無効であることに変わりはない。

(原告らの主張)

本件建物は、秋子の個人資産たる土地に、秋子名義の借入金で建築され、秋子名義の登記がなされているが、右建築資金の借入金は、原告太郎と秋子の不動産収入によって返済されており、本件建物は、原告太郎の個人資産と秋子の個人資産とが合体して出来上がったものというべきであるから、本件建物は原告太郎と秋子との共有である。

したがって、本件建物についての被保険利益は、原告太郎にも秋子にもある。

四  被告福田による家具の処分について

(原告らの主張)

被告福田は、原告太郎所有の別紙家具類明細記載のドレクセル家具三六種類、六四点(時価合計一八〇八万八〇〇〇円)を、原告太郎に無断で持ち出し、不当に廉価(金二〇万六〇〇〇円)で処分した。

(被告らの主張)

本件火災により焼損した家財については、すべて原告らにおいて廃棄等の処理をしたが、家具のうち三〇数点は原告太郎がドレクセルヘリテイジジャパン社に預け、そのうち修理不能で全損と認められた二五点について、原告太郎の依頼により、被告住友海上が仲介し、平成五年六月上旬、専門業者である丸福商事株式会社に適正価格で買い取ってもらったものである。

また、原告ら主張の家具六四点中、右二五点以外は、元々存在しなかったか、少なくとも本件火災当時本件建物内に存在していなかったか、仮に存在していたとしても、本件火災による損害を受けず使用しうる状態にある。

第四  当裁判所の判断

一  故意による免責の主張について

1  故意免責の特約

乙第一号証の一ないし四、第八二号証によれば、被告ら保険会社の各保険約款には、保険契約者やその法定代理人等が故意又は重大な過失等により火災を発生させた場合、これにより生じた損害に対しては保険金が支払われない旨の、いわゆる事故将致免責条項が規定されていることが認められる。

2  本件建物の立地環境及び構造等

(一) 当事者間に争いのない事実、甲第三号証、第五号証、第一三号証、第二〇号証の一、二、第一〇〇号証、乙第八、一一号証、第一二号証の一、二、第一九、二一ないし二三号証、第三一号証、証人八木作二の証言によれば次の事実が認められる。

(二) 本件建物は、京都市西京区内に造成された、人通りの少ない閑静な高級住宅街である桂坂団地の一角にある、敷地面積一二〇〇平米、建坪約一五四平米の建物であり、北側には幅員六メートルの道路、東側には幅員四メートルの道路が走り、西側は木々が植えられ、その横に歩行者専用の幅員2.5メートルの緑道があり、南側には木々をはさんで児童公園(天蓋公園)が隣接している。本件建物の門構えは、東側に正門、北側に裏門があり、各門とも防犯装置が取り付けられており、家人に開けてもらうか、自ら暗証番号を入力しないと入れない仕組みになっており、オートロック式で一旦閉めると自動的に鍵がかかるようになっていた。同建物の周囲については、東側に、高さ1.8メートルの石垣上に高さ一メートルの竹垣が設置され、北側と南側にも石垣上に高さ一メートルの竹垣があり、東側及び南北からは容易には侵入できない構造になっていた。但し、西側は、高さ二、三メートルの木が植えられている部分及び高さ1.2メートルの鉄柵が設けられている部分があり、その部分からの侵入は困難であるが、南西部分に高さ0.95メートル程度の竹垣の部分があり、この部分は無理をすれば飛び越えられる状況にあり、また、同竹垣の一箇所に幅0.38メートルの人一人が通り抜けられる程度の隙間が空いており、この部分からは外部より侵入が可能であった。

(三) 本件建物は、平成元年七月八日に新築された、鉄筋コンクリート造スレート葺二階建ての建物であり、その内部構造は、別紙罹災建物平面図のとおり、一階部分は、北東に一〇畳の和室があり、その南に玄関及びホール、さらにその南にはリビングがあり、南東には台所及び食堂がある。一階部分北西には、便所があり、その南には順に、階段、浴室、洗面所、家事室があり、南西には、応接室があって、応接室の西に物入れがある。

右家事室には、応接間に面した裏側の壁に、三個のボックスが取り付けてあり、左から順に、電灯分電盤、動力分電盤、電話端子器の各ボックスとなっている。各ボックスには扉がついており、床面から約2.36メートルのところに位置している。このうち、左端の電動分電盤の内部に、外線から本件建物への電流全体の疎通をつかさどるメインスイッチが設けられている。右のメインスイッチは、上段に上げられている場合には通常の通電状態となるほか、手動でこれを下げて通電を止めた場合にはスイッチは中段になり、漏電などの場合には下段まで落ちる仕組みとなっている。

なお、右のメインスイッチについて、本件火災直後、右スイッチが下げられた状態になっていたことが確認されたことについては、当事者間に争いがない。

本件建物の二階部分は、北側がベランダになっており、その南にホールがある。ホールの南には、まず西側部分に、北から順に納戸が二つ続き、勉強部屋がある。中央部分には、北から六畳の和室、寝室があり、東側部分は、北から勉強部屋、子供寝室、ベランダとなっている。

(四) 本件建物の出入口としては、正面玄関、勝手口、並に東側和室、同リビング、南側食堂及び同応接室の各ガラス戸が存し、各ガラス戸は内側からロック施錠するようになっていた。

なお、後に述べるとおり、本件火災後の実況見分の結果、各ガラス戸は施錠されており、消火のために割られた応接室のガラス戸以外は何ら破損されていなかったこと、また、正面玄関も施錠されていたこと、しかしながら、勝手口、浴室の出窓、トイレの窓ガラスは施錠されていなかったことが確認された。このうち、勝手口及び浴室の出窓は、人が物理的に通過することが可能であった。そして、各ドアのノブ、引き戸、鍵穴等などには、侵入するためにこじ開けようとした傷や破損などは認められなかった。

(五) 本件建物には、本件火災当時、原告太郎とその妻である原告花子と、夫妻の子である原告春子(当時一六歳)、訴外甲野和子(当時一四歳)及び原告夏子(当時一二歳)の五人が暮らしていた。

なお、原告太郎の母である秋子は、本件火災当時、病院に入院していたが、平成六年一月一二日に死亡した。(以上甲第五号証)

また、原告太郎方では、訴外Aが、定休日である日曜・祭日を除き、午前九時ないし午後六時まで家政婦として働いていたが、本件火災の当日は祭日であるため、本件建物には来ていなかった。(以上乙第三一号証)

3  本件建物に関する防犯措置の状況

乙第二一号証、第二三号証、第二四号証及び第三一号証によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件建物の正門と裏門にはいずれも電子ロック式の施錠装置が設置されており、訪問客は、インターホンを押した後、家人がカメラに映った訪問客を確かめ、ボタン装置によって開錠することで、本件建物の敷地内に入ることができる。

ただし、家人については、門柱近くに備え付けられた暗証ボタンで暗証番号を入力することで、門の開閉を行っていた。

(二) 本件建物内への出入口としては、正面玄関及び勝手口の二カ所があり、いずれも開錠には鍵を要する錠前が備え付けられていた。

このうち、勝手口の扉の鍵については、原告太郎ら家人のほかは、原告花子の実母である訴外丙川冬子と、原告ら方の家政婦である前記Aが所持していた。

出入口以外で本件建物の内部に出入り可能な場所としては、東側和室、同リビング、南側食堂及び同応接室の各ガラス戸があり、いずれも内側からロック錠するようになっていた。

(三) 桂坂団地内の住宅の所有者は、本件建物を含め、いずれの住宅も、住宅街造成当初より、訴外株式会社西電工(以下「西電工」という。)との間で、同社による警備サービスの提供を含むケーブルテレビシステム加入契約を締結しており、これに基づき、西電工は、加入者の住宅に取り付けられたインターフェイスと西電工のセンター中央監視装置とを結ぶケーブルテレビシステムにより、各住宅に対する常時受信警備を行っていた。

具体的には、各住宅に取り付けられた火災感知器、ガス漏れ感知器などが反応した場合には、西電工のセンター中央監視装置に異常信号が送られ、これ応じてセンター係員が当該住宅へ連絡し、あるいは監視員が現場に急行するなどして、消防署への通報など、所要の措置をとる仕組みとなっていた。

なお、住宅で断電状態が生じた場合にも、その情報が西電工の中央監視装置に伝わる仕組みになっており、後に述べるとおり、本件においても、本件火災当時の午後一時三五分ころ、中央監視装置に本件建物が停電になったとの信号が送信され、これに応じて監視員が本件建物の正門の前まで訪問している。

(四) また、原告太郎は、本件火災当時、本件建物において、もっぱら防犯を目的として、警察犬の訓練所から買い入れた犬を三匹(いずれも体長一メートル程度のシェパード)所有しており、これを本件建物敷地内の北西部分二ある犬舎で飼うとともに、本件建物の塀の表札の横に「警察犬」と表示されたプレートを設置していた。

4  本件建物及び家財に対する火災直前の付保の状況

当事者間に争いのない事実、甲第八〇号証、乙第三六ないし三八号証によれば、別紙甲野太郎宅火災に係わる火災保険契約経緯のとおり、原告太郎は、従前から付保していた被告住友海上の長期総合保険、東京海上の住宅火災保険、被告第一火災の火災相互保険に加えて、本件火災の約四か月前に被告住友海上の住宅総合保険(保険金額…建物一億円、家財二〇〇〇万円)、約二か月前に同住宅総合保険(保険金額…建物一億円、家財二〇〇〇万円)及び被告富士海上火災の住宅総合保険(保険金額…建物一億円、家財三〇〇〇万円)の保険を掛けており、火災の直前に重複かつ高額な保険を付していることが認められる。また、その他に、原告太郎は、原告夏子の親権者として、原告夏子名義で、本件火災の約四か月前に、第一火災の火災保険契約も締結している。

このうち、被告住友海上の住宅総合保険の一つは、従前からの契約の更新の趣旨でなされたものと認められるから、原告太郎は、火災の約二か月前に住友海上の住宅総合保険、富士火災の住宅総合保険を付し、建物につき二億円、家財につき五六〇〇万円(原告夏子分を含む)、保険金額を増額したと認められる。

5  原告太郎の火災直前における資産状況

(一) 当事者間に争いのない事実、乙第三九ないし四四号証、第六一号証の一ないし三、第六二、六三、六六、六七、六九、七〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告太郎が経営・関与する会社は、いずれも同族会社(以下、「甲野グループ」という)と認められるところ、例えば、株式会社甲野商店の貸借対照表によれば、平成三年三月三一日現在で五〇四一万七四一三円の債務超過(乙第三九号証)、平成四年四月三一日現在で三億〇五八一万三六三〇円の債務超過(乙第四〇号証)、平成五年三月三一日現在で三億六一三四万六六三二円の債務超過(乙第四一号証)となっており、また損益計算書によれば、平成二年度は当期利益が一億一三五一万五八〇〇円存するものの(乙第三九号証)、平成三年度は当期損失が二億五五三九万六二一七円(乙第四〇号証)、平成四年度に当期損失が五五五三万三〇〇二円(乙第四一号証)計上されていることが認められるなど、本件火災当時、甲野グループの資産状態は悪化していたと認められる。

(二) また、原告太郎は、本件火災当時、原告太郎所有の本件建物及びその敷地に合計六億八三六〇万円の抵当権と極度額三億六〇〇〇万円の根抵当権を設定していたと認められ(乙第四二ないし四四号証)、さらに原告太郎及び甲野グループは、(株)甲野商店及び関係者の抵当権一覧表のとおり、合計約四八億二〇〇〇万円の抵当権を設定していたことが認められる(弁論の全趣旨)。

6  本件火災の状況

乙第一二号証、第一九号証、第二二号証及び第二三号証によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 平成五年五月五日午後一時三五分ころ、西電工の中央監視装置に、本件建物が停電になった旨の信号が送られてきたことから、同社の係員は、町内をパトロール中であった別の監視員に対して、本件建物に向かうよう無線で指示した。

これを受けた監視員は、無線受信から約二ないし三分後に本件建物の正門前に到着し、インターホンを押した。ところが中からの応答はなく、外から大声で家人に呼びかけても返事がなかったことや、飼い犬の吠える声も聞こえず、格別変わった様子が認められないことなどから、しばらく様子を見た後、同社のセンターに戻った。

(二) ところが、同日午後二時二七分ころ、付近住民から同社センターに非常通報があり、同社の社員がインターホンで連絡をとったところ、本件建物から煙が出ているとの知らせを受けた。(以上乙第二三号証)

そこで、同社係員は、同日午後二時三〇分ころ一一九番通報し、これを受けた京都市西京消防署の消防隊が、同日午後二時三五分ころ現場に急行し、その消火活動により、本件火災は同日午後三時二四分ころ鎮火された。

(三) 本件火災は、別紙罹災建物平面図記載のとおり、各階三箇所ずつの計六箇所から出火した跡があり、一階部分は、北の一〇畳の和室、中央のリビング、南の応接室の三箇所、二階部分は、西側中央部の納戸、その南側の納戸、東西南北のほぼ中央である六畳の和室の三箇所から出火したと認められる。そして、右六箇所各々から灯油成分が検出されており、一階の和室の出火部分は、座布団に灯油を染み込ませて燃焼させた形跡があり、二階の北側納戸が最も激しく燃焼している。

(四) また、火災鎮火後の実況見分の結果により、本件建物の出入口のうち、正面玄関は施錠されていたものの、勝手口の扉は施錠されていなかったこと、また、本件建物の内部に出入りし得る東側和室、同リビング、南側食堂及び同応接室の各ガラス戸については、いずれも内側からロック施錠されており、消火活動のために割られた応接室のガラス戸以外は破損もされていなかったこと、ただし、浴室の出窓及びトイレの窓ガラスは施錠されておらず、うち浴室の出窓については、人が物理的に通過することが可能であること、各ドアのノブ、引き戸、鍵穴などには、外部から侵入するためにこじ開けようとした傷や破損などはなかったこと、などの事実が確認された。

7  その他関連事実

当事者間に争いのない事実、乙第四五、七〇号証によれば、原告太郎は、昭和六二年一二月二一日午後三時ころ、火の気がなかったにもかかわらず、その経営するコウノ木材興業株式会社が使用する建物を焼失したことがあり、その際に、共栄火災及び日産火災から、合計金一億円以上の保険金が原告太郎の経営する株式会社甲野商店に支払われたことが認められる。

8  検討

(一) 前記6の(三)で認定したとおり、本件火災は、本件建物の一階と二階の各三箇所、合計六箇所を火元としているうえに、右出火場所から灯油成分が検出されていることから、本件火災が放火によるものであることは明らかである。

そこで、以下においては、これまで認定した一連の事実を前提として、本件火災の原因となった放火行為の実行者について検討する。

(二) まず、本件放火行為の態様についてみると、本件放火行為は、引火性の高い可燃物である灯油を利用するという放火手段を用いながら、各階に三箇所ずつの放火ポイントを設定し、それぞれに火を放っている。しかもその放火ポイントは、一階部分については、北、中央、南と火元を分散しつつ、二階部分については建物のほぼ中央に集められている。したがって、本件の放火行為は、無秩序・無計画に放火がなされたというものではなく、一定の意図をもって放火ポイントが選定され、放火がなされたものと認めることができる。

また、本件火災に際しては、火災発生の直前に、本件建物の家事室にある分電盤のブレーカーが何者かによって引き下ろされ、本件建物全体が停電状態に陥っていたとの事実を認めることができる。そして、ブレーカーが下げられた時刻や、ブレーカーを下げるという行為自体から考えて、ブレーカーを下げたのは放火の実行者以外には考えられないところ、ブレーカーが家事室の壁の、床から約2.36メートルという高い位置に設けられていること、ブレーカーを下げて停電状態にすることは、むしろ侵入者の存在を家人に知らせる結果を招く可能性が高いことなどの事情を考慮すると、本件建物への侵入者がたまたま配電盤を目にして、ブレーカーにいたずらしたものとは考えにくく、右の行動には一定の目的があって、わざわざブレーカーを下げたものと考えざるを得ない。ところが、停電状態になることで、例えば、本件建物内での物色行為や放火行為が容易になるとは考えられないし、ブレーカーを下げる時点で侵入者は既に本件建物内に侵入しているのであるから、侵入行為に対する警報装置を解除するために停電状態にしたとも考えられない(なお、本件建物の侵入が、窓を破るなどの不穏当な方法ではなく、開錠されていた出入口ないしガラス戸から侵入したものであることは後述のとおりである。)。このように考えてくると、本件建物への侵入者がわざわざ停電状態を招いたことの目的としては、放火による火災が火災感知器によって感知され、その警報が外部に発信されることを防ぐためであったと考えざるを得ない。

したがって、これらの事情を総合すると、本件放火行為の実行者は、本件建物及び家財の焼燬に対する強い意欲をもって、計画的かつ意図的に放火行為を実行したものと推認することができる。

(三) もっとも、放火行為自体が焼燬を企図したものであったとしても、それが本件建物への侵入当初からの意図であったとまで断定することはできない。当初は窃盗などの目的で侵入したものの、その後に思いついて放火行為に及んだ、という可能性が考えられるからである。

しかしながら、本件放火行為は、前記のとおり、建物及び家財の焼燬を企図した、いわば冷静な計算に基づく態様のものであり、例えば、窃盗犯が盗むべき財物を発見できなかったことの腹いせに放火する場合など、激情に駆られて放火をする、という類の犯行とは明らかに類型を異にしている。

また、窃盗目的での侵入者であれば、本件建物内を物色して室内を荒らすべきところ、本件火災後の本件建物には、そのような物色がなされた形跡は特に認められないし、何らかの財物が窃取されたとの事情も窺われない。

さらに、本件放火行為の実行者は、火災通報を妨げる目的で配電盤のブレーカーを下げるという行為に表われているとおり、予め本件建物に関する知識を備えて本件建物に侵入したものと考えられるのであって、そうした点からも、窃盗などの別の目的をもって侵入した者が、途中で目的をかえて放火行為に及んだとは考えにくいところといわざるを得ない。

したがって、本件放火行為の実行者については、本件建物への侵入の当初から、放火行為、すなわち、本件建物及び家財の焼燬を目的としていたものと推認するのが相当である。

(四) そこで次には、そのような侵入者がどのような方法で本件建物内に侵入したのか、という点が問題となる。ところが、前記認定のとおり、本件建物に標準以上の防犯装置が施されていることや、侵入が休日の昼間に行われていることなどを考慮すると、本件建物への侵入は、極めて希有な僥倖に恵まれた結果であるか、あるいは、原告ら方の事情に精通した人物の犯行であるか、そのいずれかであると考えざるを得ない。

(五) すなわち、本件建物は、前記のとおり、三匹のシェパードによって守られており、侵入者は、たとえ敷地への侵入を果たせたとしても、犬にほえ立てられるという危険を冒さなくてはならない。そして、本件建物が番犬を飼っていることについては、外部にわかるようその表示がなされているのであるから、火災感知器の存在を知り、しかもその遮断を図るほど慎重で計画的な侵入者であれば、当然この犬の存在を事前に知っていたものと考るのが自然である。

この点について原告らは、本件火災の約一か月前に、犬が垣根から飛び出して付近を歩行していた老人を驚かせ転倒させてしまったため、警察官からの指示により、以後外出時には右犬を犬舎に入れていたのであり、本件火災当日も犬を犬舎に入れていた旨主張しており、甲第一八号証、乙第二一、二九、三一号証、原告太郎本人尋問の結果によれば、原告主張に沿った事情を認めることができる。

しかしながら、外出中は犬を犬舎に入れておいたという事情は、主として原告の家族しか分からない事情であるし、乙第二五号証添付の写真によれば、犬が犬舎にしまわれていることを外部から明確に認識することは困難である。ところが、侵入者は、犬に吠えられたり(前記のとおり、侵入者がブレーカーを下げて停電状態にしたことにより、西電工にその旨の信号が伝わり、その直後に係員が本件建物を訪れているが、係員は犬の吠える声を聞いていない。)、襲われたり(侵入者と犬が格闘したとの形跡は認められない。)することなく、結果として、犬に何ら妨げられることなく本件建物に侵入することに成功している。したがって、侵入者は、犬が犬舎に入っていることを予め知っていたか、あるいは、そうと知らずに侵入したところ、たまたま犬に邪魔されることなく侵入することに成功したか、いずれかということになる。

(六) また、本件建物の窓や扉には無理にこじ開けられたり、破壊されたりした形跡はないから、本件建物に対する侵入は、施錠のなされていなかった勝手口扉か、浴室の出窓からなされたものと推認することができる。

しかしながら、これらの施錠がなされていないことを外部から認識することは不可能である。したがって、本件建物への侵入者は、これらが施錠されていないことを予め知っていた、もしくは勝手口の鍵を所持しているか、あるいは、本件建物への侵入を試みたところ、たまたま施錠がなされていないことを発見した、ということになる。

(七) さらに、本件建物への侵入は、五月五日という祝日の昼間に敢行されたものであり、蓋然性からいえば、むしろ家人が在宅する可能性の方が高い時間帯といえるし、たとえ侵入時には留守であっても、いつ家人が帰宅するかわからない状態といえる。

ところが、本件において侵入者は、結果として、家人の全くいない時間帯に、本件建物に侵入することに成功している。

しかも、侵入者は、前記のとおり、本件建物の全体にわたって放火ポイントを設定し、灯油を使って放火するという、かなり手の込んだ作業まで行っている上に、火災通報を防ぐために配電盤のブレーカーを落とすということまでしているのであり、これらの行為は、いつ家人が帰ってくるかわからないという緊迫した状況を前提としたものというよりも、少なくとも、作業に要する一定の時間は家人が帰ってこないことを予期したかのような、いわば、かなり余裕のある行動を執っているものと評価することができる。

したがって、この点についても、侵入者は、本件建物に家人が在宅しておらず、しかも、ある程度の時間留守になることを予め知っていたか、あるいは、侵入を試みたところ、偶然にも、家人がすべて留守にしており、しかも、一定の時間帰ってこなかった、ということになる。

(八) つまり、本件建物への侵入とそれに引き続く放火行為を合理的に説明するとすれば、本件建物の焼燬を企図する者が、犬に吠え掛かられなくてもすむこと、施錠のし忘れがあること、家人がいないことを、何らかの方法で予め察知し、この機会を利用して侵入及び放火を敢行したと考えるか、あるいは、本来であれば家人が在宅している可能性の高い休日の昼間に、本件建物への侵入を試みたところ、たまたま番犬に妨害されることなく敷地への侵入に成功し、さらに、たまたま施錠されていない出入り口を発見して建物内部への侵入し成功した上に、たまたま家人が不在であったことから、本件建物の焼燬を企図して放火行為に及んだと考えるしかないのである。

しかしながら、後者のような僥倖が幾重にも重なるということは、蓋然性の問題として極めて想定しにくいし、そもそも、予め火災感知器の存在まで調べておくほど周到な侵入者が、そうした僥倖を期待して本件建物への侵入に及ぶとは考えにくい。

したがって、本件建物への侵入及び放火は、これが成功するための前記諸条件を予め知り得た者が実行したと考えるのが、最も自然な捉え方ということができる。

このように考えてくると、本件建物への放火は、原告らに極めて近い人物が、原告らに対する怨恨から、本件建物及び家財の焼燬を企図して行った犯行か、あるいは、上記のような事情をことごとく知る人物、すなわち、原告太郎自身が積極的に関与して行った行為かのいずれか、ということになる。

(九) そこで、原告太郎自身に、本件放火行為に及ぶべき動機があったか否かという点について検討すると、まず、前記の甲野グループの資産状況に鑑みると、平成四年度に当期損失が五五五三万三〇〇二円(乙第四一号証)計上されるなど、本件火災当時、甲野グループの資産状態は相当に悪化していたことが認められる。

また、原告太郎や甲野グループによる抵当権の設定状況に照らすと、原告太郎及び甲野グループは、本件火災当時、五〇億円にものぼる多額の借入を行っていたものと認めることができる。

さらに、原告太郎は、多額の銀行借入金を株式投資に充ててこれに失敗し、その返済に窮していたと認められ、原告太郎本人尋問の結果からも、本件火災当時、元本を返済することができず、利息のみを返済していたこと、本件火災後は、利息を据え置きにして元本の返済をしていたことなどの事情を認めることができる。

これに対し原告らは、本件火災以後、一〇〇〇万円以上を投下して競争馬を購入する余裕があったと主張しており、事実、原告太郎が甲野グループの株式会社○○を通じて本件火災後も競争馬を購入していたとの事実が認められる(甲第八二ないし八五号証)。しかしながら、株式会社○○の貸借対照表によれば、平成八年三月三一日現在で四七六二万一七二四円の債務超過になっていること、損益計算書によれば減価償却が一切なされていないこと(乙第六三号証)が認められるから、競争馬を購入したことをもって、原告太郎に経済的な余裕があったことの徴憑と捉えることはできない。

したがって、本件火災直前における原告太郎の財政状態については、原告太郎及びその関連会社が多額の負債を抱えた、相当に苦しいものであったものと推認することができる。

(一〇) 他方、本件火災直前における本件建物の付保状況についてみると、前記のとおり、原告太郎は火災の直前に本件建物及び家財について重複かつ高額な保険を付していること、具体的には、火災の約二か月前に住友海上の住宅総合保険、富士火災の住宅総合保険を付し、建物につき二億円、家財につき五六〇〇万円(原告夏子の分を含む)、保険金額を増額したとの事実を認めることができる。

この点について原告らは、住友海上の保険は、代理店から期間満了の通知がなかったため、手違いで、新規の契約と継続の契約がなされてしまい、偶々重複してしまった旨主張し、また、富士火災の保険についても富士火災の方から持ちかけられて契約したものであると主張し、右主張にそう証拠(甲第一六、一八号証、原告太郎本人尋問の結果)も存する。

確かに、住友海上の代理店が契約期間満了の通知を懈怠していたことは認められ、住友海上の住宅総合保険の各申込書(乙第二号証の二、第二号証の三の一、二)の形式及び筆跡が異なることからすると偶々住友海上の住宅総合保険が重複してしまったという可能性も否定することはできない。しかしながら、原告らの右主張を前提としても、火災の直前二か月前に保険金額を合計二億五六〇〇万円も増加するという契約締結経緯の不自然を払拭することはできないし、また、偶々重複してしまったものだとしても、契約の申込人名義が原告太郎になっている以上、保険証券は当然原告のもとに発送されていたはずであり(この点は、原告夏子の名義分についても同じである)、原告太郎は重複保険について十分認識し得たものと考えられるから、結果的には、原告太郎は保険が重複している状態を敢えて受容していたものと考えざるを得ない。

また、被告富士火災の住宅総合保険については、重複した契約締結の状況からして、原告太郎から持ちかけたと認められるところ(乙第三七、三八号証)、従前付していなかった保険をさらに増加させる合理的な理由はなく、原告太郎も、本人尋問において、この点について説得力のある合理的な説明を行っているとはいい難い。

したがって、火災直前における付保の状況は、相当に不自然なものといわざるを得ないし、少なくとも、原告太郎は、本件建物及び家財の焼燬により相当の利益を得られる状態にあったものと考えるのが相当である。

(一一) 加えて、原告太郎については、前記認定のとおり、過去に、関連会社であるコウノ木材興業株式会社の使用する建物の焼失により、合計金一億円以上の保険金が原告太郎の経営する株式会社甲野商店に支払われたとの事情の存することが認められる。

この点について原告らは、右火災は大工の鉋屑の不始末により電動カンナのコンセントあたりから出火したものであり、その時の損害額は三億円を超えているから、原告太郎は何ら利得していない旨主張する。しかしながら、原告の主張を前提としても、原告太郎が右の経緯を通じて、火災保険による固定資産の換金という方法の存在を知るとともに、その具体的手続を経験したものと認めることができる。

(一二) 以上の検討を総括すると、本件放火行為の態様や侵入の状況に鑑みると、本件放火行為は、原告ら方の事情に精通した人物か、原告太郎自身が放火行為を主導したものと考えざるを得ないところ、原告太郎については、本件火災の当時その財政事情が相当に苦しいものであったこと、火災の直前に多額の保険契約に加入していること、過去に建物の消失による保険金収受という経験を有することなどの事情が認められるのであって、これらの事情を総合すると、本件放火については、原告太郎の積極的な関与により行われた可能性が極めて高いものと考えざるを得ない。

(一三) そこで、以下においては、もう一つの可能性である、原告ら方の事情に精通した人物による犯行という可能性について検討する。

まず、この点について原告らは、原告花子の実弟である訴外乙川一郎(以下「一郎」という。)の怨恨による犯行である可能性がある旨を主張している。

そして、甲第一〇六、一〇八、一一〇、一一二、一一四、一一五号証、乙第七〇、七九号証によれば、平成四年ころ、甲野グループの経営支配権を争い、原告太郎と会社関係者のB、C、一郎らとの間で対立があったこと、一郎が調査会社ニックの調査から原告らを庇うことなく、むしろ火災当日に本件建物に入り一目で放火と分かったと説明したこと、また冬子が原告花子から貴金属を預かったことなど原告太郎に不利な供述をしていること、一郎は勝手口の鍵を入手し得たこと、原告ら方の犬とも馴染んでいること、火災当日に確たるアリバイがないこと、現在一郎は原告らとの間で訴訟を行っていることなどの事情を認めることができる。

しかしながら、右の事情のうち、一郎が原告太郎に怨恨を抱くべき事情としては、甲野グループの支配権争いが最も重要なものと思われるところ、右の争いは、結局は平成五年六月二日に原告太郎の方が甲野住宅から退任することで決着したとの事情が認められるのであって、原告太郎と一郎が必ずしも良好な関係にはなかったにせよ、一郎が原告太郎に対して、実の姉や姪まで住んでいる本件建物に放火してまで晴らしたいほどの強い怨恨を抱いていたとは考えがたい。

また、原告らに対して不利な陳述書を作成し、これには直ちに措信し難い部分を含んでいることは事実としても、原告太郎と一郎の関係がひどく悪化していったのはむしろ本件火災よりも後のことであり、その過程で陳述書も作成されたと考えるのが相当であるし、別件の訴訟も、本件火災当時から係属していたものではなく、また、甲野グループの支配権争いに一郎が敗れたわけでもないから、右の訴訟が原因で、一郎が原告太郎に対して、放火前に格別な恨みを持ったという事実を認めることはできない。

むしろ、一郎に関する前記の諸事情に照らすと、一郎が本件火災当日における原告方家人全員の予定を事前に知り得るほど、原告ら家族と親しい関係にあったとは考えにくいし、特に、当日における原告太郎及び原告花子の行動は、原告太郎の本人尋問の結果によれば、事前に予定されていたものではなく、当日になって決定されたことが認められるから、一郎が家人全員の外出を事前に知る可能性は極めて低いものと考えざるを得ない。

以上のとおり、一郎が本件放火を行うだけの強い怨恨を持っていたとは認め難く、一郎が本件放火行為を行ったと考えるべき根拠は極めて乏しいというべきである。

(一四) これに対し、一郎の犯行である旨を主張する原告太郎の供述の経緯についてみると、原告太郎は、本件火災が放火によるものであることを火災直後から認めていたものの、当初は、その放火犯人について、個人的な恨みを買うことはなく、物盗りがやったものと思う旨供述し(甲第一八、二一号証、証人八木作二の証言)、その後本人尋問の場では、自宅の近所をたむろしてシンナーを吸っていた七、八人の子供を注意し、そのうちの何人かを殴ったことがあり、それで恨まれて火を付けられたのではないかと供述し(原告太郎本人尋問の結果)、さらには、一郎やその実母である冬子が原告に不利な内容を供述した陳述書が被告らから提出されるに至ると、一郎が犯人であると主張するに至った(甲第一一〇号証)ことが認められる。

原告らは、身内の者を犯人呼ばわりしたくなかったので一郎が犯人であると疑っていたことを伏せていたと主張しているが、当初の調査段階ではまだしも、本件訴訟提起後は、自ら犯人と疑われている以上疑いを晴らそうと必死になるはずであり、そのような状況で、あえて一郎を庇い、近所の少年がやったと思うと虚偽の供述をしたというのはやはり不自然であるし、一郎が本当に放火するほどに原告太郎との関係が悪化していたとすれば、原告太郎が、自らの疑いを晴らさずに、対立している一郎を庇おうとしたというのは、ますます不自然と言わざるを得ない。

(一五) 最後に、本件火災当日における原告太郎及び原告花子の行動について検討する。

甲第一八、九〇、九八号証、乙第二九、三〇、三二号証、原告太郎本人尋問の結果によれば、原告太郎は、本件火災の当日における両名の行動について、午前一一時ころ本件建物を出発し、秋子の入院する桂病院に見舞いに行き、病院を出て、京都南インターチェンジから栗東インターチェンジまで名神高速道路を通って、スーパー平和堂に着き、平和堂内にある薬店で胃薬を買い、食事をした後、サロック牧場に馬を見に行ったこと、そして、牧場を出発し京都南インターに戻り、同インターチェンジ近くのティファニーというホテルで休憩し、ホテルを出た後、桂駅付近のペリカンという名の喫茶店に入っていたところ、午後五時四〇分ころポケベルの連絡が入り、自宅が火災であることを知らされて帰った旨を供述している。

このうち、平和堂で薬を買った際のレシート、高速道路を利用した際の通行券の領収書については、当日の日付が記入された各書類が存在しているものと認められ、原告らの行動は、これによって概ね裏付けられているものと考えることができる。

しかしながら、何年も赴いていないサロック牧場に、当日になって突然思い立って行くことになった、とする原告太郎の行動は唐突の感を免れないし、日時の入ったレシート、領収書が提出されるというのも、やや手回しが良すぎるとの印象を受けざるを得ない。

また、右の点をおき、原告太郎の供述を前提としても、本件放火行為については、原告太郎自身が実行する必要はなく、他の者を介して行うことも可能である。

したがって、原告太郎の右供述を考慮しても、本件放火行為に原告太郎が積極的に関与した可能性が極めて高いとの前記評価を覆すことはできないものと考えざるを得ない。

(一六) まとめ

以上のとおり、本件の放火の日時、場所、態様から、本件放火には、原告らの家族に極めて近い人物か、原告太郎自身が積極的に関与している可能性が高いものと考えられるところ、原告太郎には、本件火災当時、苦しい財政状態にあり、多額の負債を抱えていたことや、放火の直前に多額の重複保険を掛けていること、過去に火災による保険金を受領した経験があることなど、放火行為への積極的関与を認めるべき十分な間接事実が認められるのに対し、原告らが主張する、一郎の怨恨による犯行は、これを推認すべき根拠が薄弱であって、他の可能性を疑うべき証拠も存しないから、結局、本件放火は、原告太郎の積極的関与によるものと認定するほかない。

なお、上記一連の認定に加え、乙第二九号証及び原告太郎の本人尋問の結果によれば、原告花子は、本件火災の当日、本件建物から外出するに際し、数冊の預金通帳と現金約一〇〇万円をバッグに入れ、これを持って外出しているものと認められることなどの事情に鑑みれば、本件放火については、原告太郎のみならず、原告花子についても、これに積極的に関与していたものと認めるのが相当である。

したがって、原告らの保険金請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。

二  本件家具の持ち出し・処分について

乙第六号証の一、二、第一六、五九、六〇、六五、七五、七六号証、被告福田勝巳本人尋問の結果によれば、本件火災により焼損した家財については、すべて原告らにおいて廃棄等の処理をしたが、家具のうち三〇数点は原告太郎がドレクセルヘリテイジジャパン社に預け、そのうち修理不能で全損と認められた二五点ついて、原告花子の許可を取り、被告住友海上が仲介し、平成五年六月上旬、専門業者である丸福商事株式会社が適正価格で買い取ったと認められる。

これに対し原告太郎は、家具六四点と主張しているが、何ら客観的な証拠が存しないし、保険会社に勤めている被告福田が二五点を除いて残りを領得するなどとは考えられず、処分した数を偽る必要も全くなかったのであるから、原告太郎の主張は採用できず、処分した家具は二五点と認めるべきである。

また、原告太郎は、被告福田が家具を無断で処分したと主張しているが、福田本人尋問の結果によれば、被告福田は右ドレクセルの家具が原告らの所有にかかることは十分認識していたのであり、被告福田自身は一応まだ使用可能なのではないかとみていたというのであるから、全く許可を取らずに処分したとは考えにくいし、右ドレクセルの家具を全損と認定して原告花子の了解を取ったと供述しているところ、家財についての多くを全損とは認定していないなか、右ドレクセルの家具は供述どおり全損と認定しているのであって、被告福田が原告花子の許可を得ていたと供述している点は信用でき、原告太郎の主張は採用できない。

したがって、原告らの本件家具返還請求及び代償請求については、いずれも理由がない。

第五  結論

よって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佃浩一 裁判官石井俊和 裁判官西村修)

別紙〈省略〉

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